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掃除と家事、育児を楽しむ名古屋の40代主婦ブログ

妊娠・出産

[出産レポ] 41歳で高齢初産の私の場合。微弱陣痛からの促進剤+会陰切開+鉗子分娩でした

2018年6月に3,574gの男の子を出産しました。
予定日より2日早かったです。

40歳で妊娠し、41歳で初産、いわゆる高齢出産です。
妊娠中は大きなトラブルもなく順調だと思っていましたが、出産は大変!
子宮口全開なのに子どもが下りてこなくって、陣痛促進剤投入して会陰切開+鉗子分娩で取り上げてもらいました。
入院から出産までの時間は約13時間。

出産は人それぞれ違うものですが、こんなパターンもあるのだなーと参考にしていただければ、と思い、私の体験談を記します。


私の出産兆候

出産が近くなってくると、様々な変化が起こりました。
主だったものは下記のとおり。

  1. 前駆陣痛は腰痛が臨月から時々おこる
  2. 恥骨痛など全身が痛い
  3. 1週間くらい前から夜眠れなくなる
  4. 便秘が軟便に
  5. おしるし
  6. 手の平、足の裏がむくむ

おしるしから陣痛までの期間

おしるしの後すぐに陣痛を感じましたが、間隔が不定期でした。
おしるしの翌日に陣痛が10分間隔になり入院しました。

私の陣痛

陣痛も人によって違います。
私の場合は下記の流れで陣痛の波がやってきていました。

  1. 便意が来る
  2. お腹が張る
  3. 尾てい骨と腰が痛くなる
  4. お腹がキューっと痛くなる
  5. 痛みが去り、ケロッと元気になる

おしるし前日から出産までの記録

おしるしの前日から出産までの記録を紹介します。

39w2d ずっと便秘だったのに急に軟便に!

出産予定日が近くなると、お腹の張りを気にせず、たくさん動いて陣痛を待ちますが、この日は特に積極的に動いていました。

  • 掃除
  • ベビー布団の準備
  • ヨガ(いきみの練習あり)
  • ウォーキング

などなど、朝から晩までとてもよく動いた1日でした。

すると、その晩、妊娠中ずっと悩み続けていた便秘が急に軟便に

「あれ?!これは出産兆候のひとつでは?!」

と、赤ちゃんとのご対面が近いと期待に胸をふくらませていました。

39w3d 明け方におしるし。それから陣痛が来たり遠いのたりを繰り返す

ここ1週間くらい夜眠れなくなっていたのですが、この日はほぼ完徹でした。

そして、明け方におしるし

おしるしの後から便意が起こるも便が出ない状況が定期的にやってきました。
「これは便意じゃない!陣痛だ!」と陣痛カウンターを記録し始めました。

その後、陣痛は、

  1. 便意が来る
  2. お腹が張る
  3. 尾てい骨と腰が痛くなる
  4. お腹がキューっと痛くなる
  5. 痛みが去り、ケロッと元気になる

というサイクルで繰り返していました。

「今日中に生まれるかなー」なんてワクワクしていたのですが、その後、陣痛が遠のいてしまい…午前中で完全に陣痛がおさまってしまいました。

日中は「今日はないかもねー」と入院準備をしたり、家事を片付けていました。

それから陣痛は再開するも間隔がバラバラ。
おしるしはその間にもちょいちょいとありました。

夜になって、手の平と足の裏がパンパンにむくんで痛み出しました
お箸も持てないくらいにパンパンに腫れていて、あまりにも痛かったので夫にマッサージをしてもらい、眠りにつきました。

39w4d(午前中) 陣痛も胎動も感じない不安な朝を過ごす

明け方、陣痛の痛みが弱くなり便意のみになりました。

しかも胎動もあんまり感じない。
陣痛に邪魔されて感じないだけか、赤ちゃんが動いていないのか不安になります。
赤ちゃんが動いていないなら即病院ですが、胎動カウンターで確認すると胎動をちゃんと確認できました。

その後も胎動カウンターもつけて胎動を確認したり、心音アプリで心音を確認して、不安を解消しながら過ごしました。

39w4d(午後2時) 陣痛間隔10分へ。入院

そうこうしているうちに陣痛も胎動も感覚が戻ってきて、午後2時にはいよいよ陣痛間隔10分以内に。
(正確には7分から12分まで幅がありましたが、1時間に6回以上ありました)

病院へ電話したら、通話中に陣痛が来てしまい、「あー今来ているんですね。しゃべらなくていいですよ。おさまるまで待ちましょう。」と受付の方が言ってくださり、その後、すぐにタクシーを呼んで病院へ。

陣痛タクシーで病院へ

陣痛タクシーは名古屋の「つばめタクシー」さん。
病院と自宅の住所を事前登録してあるので、電話して陣痛です。って伝えるとすぐに迎えに来てくださりました。
運転も丁寧で接客も優しくとても頼もしかったです。

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内診後すぐ入院

内診で子宮口6cmを確認し、そのまま陣痛室へ。
入院手続きは夫に任せ、私はNSTをつけたり、点滴をつけたり。
(夫は陣痛中からずっと付き合ってくれ、立ち会い出産しました。)

39w4d(入院〜夜まで) 陣痛間隔5分の間は余裕でした♪

「陣痛はつらいけど全然耐えられる痛みだわ!」と陣痛間隔5分の間は余裕を感じていました。
トイレは点滴をひきづりながら行って、横になるよりは座っていた方が楽だったので、テニスボールの上に座っていました。

ただ、病院で出た夕飯は食べられませんでした。
ゼリー系飲料を飲んだりパンをかじったりしていました。

ペットボトル用ストローつきキャップはお役立ちアイテム

飲み物はペットボトルに「ペットボトル用ストローつきキャップ」をつけて飲んでいました。
これが本当に役立ちました。
横になりながらも飲めるって素晴らしいですね!

陣痛を楽にするアロマ

病院のサービスで、アロマライトをつけてくれたり、アロマが香る冷たいタオルで汗をぬぐってくれたり、マッサージをしてくれたり、陣痛の痛みを和らげるためにいろいろしてくれました。

39w4d(夜) 陣痛間隔2分を切ると、記憶も途切れ途切れに

夕飯後から出産する午前3時頃まで記憶は途切れ途切れです。
夫と助産師さんと先生の会話は聞こえているし、私もしゃべったりしているのですが、記憶がとんでいます。

夫は大変だったよう

陣痛がひどくなってくると、私は夫をこき使っていたようです。

テニスボールをお尻にあてて押してもらったり、痛む腰をさすってもらったり、うちわで扇いでもらったり、飲み物を飲ませてもらったり…

しかし、ほとんど覚えていません。
「違う!そこじゃない!もっと上!」などと叫んでいたことはうっすら覚えているのですが…

助産師さんの内診が激痛

出産中、一番、激痛だったのは助産師さんの内診だったと記憶しています。
(陣痛の最後の方も出産時も痛かったんだろうけど、あまり記憶がないので…)

「赤ちゃんの向きを確認しますねー」とグリグリと手を突っ込んで、赤ちゃんの頭を触って向きを変えようとするんですもの…
叫び声を抑えられませんでした。

この内診は生まれるまでの間に何回も行われました。

39w5d(午前0時半) 破水。子宮口全開から子どもが下りてこない!

夜中12時半頃の助産師さんの内診中、ドバババっと豪快に破水。
その後、先生も見に来ました。

子宮口が全開なのに子どもが全然おりてきていない。
回旋異常で途中で止まっている状態。

「もういきんで行きましょう!」と言われ、陣痛が来るたびにいきもうとするのですが、うまくいきめません。

まさか、陣痛室でいきむことになるとは思っていませんでした。
てっきり分娩台でいきむもんだと…

正直、「ちょっと休ませて。明日また産むからー」と思っていました。
(たぶん思っただけでなく叫んでいました。)

39w5d(午前3時半) 出産。陣痛促進剤+会陰切開+鉗子で出産しました

陣痛促進剤投与

いきんでもいきんでもちっとも出産が進まず、午前2時半頃に先生が「陣痛が弱くて、このままじゃ母体の体力がもたない」と陣痛促進剤を打つ判断を下します。

私は泣き叫びながら拒否!

微弱陣痛なんて痛さじゃない!すごく痛い!
今でさえ痛みに耐えられないのにこれ以上の痛みは無理だ!
やめてやめて!

私の要求は無視され、夫が書類にサイン。
陣痛促進剤を打たれました。

その後は覚えていません。
助産師さんの指示に従いつつ、泣き叫んでいたんだと思います。

いやー陣痛がこんなに痛いものだとは思っていませんでした。
正直、なめていました。

ちなみに、この頃には立ち上がる事もできなかったので、トイレに行けません。
出産までカテーテルをつないでいました。

いよいよ分娩台へ

分娩台にはストレッチャーで運ばれていきました。
夫は私の右後ろ側から励ましてくれていたのは覚えています。
スタッフ大勢に囲まれていたのも覚えています。

「いきんでー」
「深呼吸してー赤ちゃん苦しんでるよー」

と指示され、その指示に従っていたと思います。

吸引失敗からの鉗子で出産

最初は吸引で出産予定だったみたいです。
それが吸引を試みるも、つるっとすっぽぬけて失敗
夫の情報によると、先生も看護士さんも助産師さんも、血しぶきがかかって血まみれになっていたそうです。

その後すぐに鉗子を使うことに方向転換したみたいで、会陰切開が始まりました。
切られているけど全然痛みを感じません。
陣痛と助産師さんの内診に比べたらなんてことない…

次の陣痛のタイミングで、
私がいきみ、先生が鉗子でつかみ、助産師さんがお腹を押して、なんとか出産!

赤ちゃんは無事大声で泣き始めました。

鉗子分娩の跡

生後数日は、挟まれた跡なのか顔が赤くなっている部分がありました。
その後、跡はきれいさっぱり消えてキレイになりました。

午前3時30分、3500g越えの男の子生まれる!

赤ちゃんは生まれてすぐ胸に乗せてもらいました。
その状態で後産と臍帯血採取。

私は放心状態で感動している余裕はあんまりありませんでした
「あー生まれたー。終わったー」と安堵したのは覚えています。

そして赤ちゃんは体重を測ったり健康チェックへ連れて行かれます。
そこで告げられた体重は3500g越え。

つい最近の検診では3000gほどだったのに、産んでみたら大きな子どもでした。
そりゃ出産も大変なはずです。

子の健康チェックの間に、私は切られまくって切れまくった会陰あたりを縫合。

陣痛室へ戻りカンガルーケア

陣痛室へストレッチャーで運ばれ横になっていると、きれいに拭かれた赤ちゃんが運ばれてきました。
子どもと夫と3人で記念撮影をしてもらい、カンガルーケアへ。

カンガルーケアは胸の上に裸の赤ちゃんを乗せるやつですが、おっぱいを探して胸の上でうねうねと動いていました。
結局おっぱいにはたどりつけずじまいで終わっちゃいましたが。

そして束の間の休息

カンガルーケア後、午後までしばし休息です。

朝食は少しだけ食べることができました。
貧血がひどかったため、トイレは夫と助産師さんに抱えられながら行きました。

入院から約13時間。
私はヘトヘト。
夫もずっといきみ逃ししていて徹夜でヘトヘト。

これから始まるもっと大変な育児の前に少し休憩です。

陣痛中に役に立ったもの

入院準備バッグの中で、陣痛中に特に役に立ったアイテムを紹介します。

ペットボトル用ストローつきキャップ

横になった状態で水分補給できるって本当に便利!
陣痛間隔が短くなった時は起き上がることも辛かったので、本当に役立ちました。

うちわ

私は覚えていないけど、夫が言うには、暑がったり寒がったりしていたそうです。
「うちわでいっぱいあおいだでー」と言っていました。

いきみ逃しのテニスボール

病院で用意されていましたが、自分で用意したものを使いました。
前半はテニスボールの上に腰掛けていきみを逃し、後半は夫が全力で押してくれていました。

軽食各種

病院で用意してくれたご飯は食べることができませんでした。
ゼリー系が食べやすかったです。
陣痛中はずっとブドウ糖を点滴していましたが、食べ物も食べないと持ちません。

番外編:夫の手助け

喉が渇いたと言えばペットボトルをくれて、
水がなくなれば買いに行ってくれて、
腰が痛いと言えばさすり続け、
いきみ逃しでずっとボールを押さえてくれました。

夫の手助けがなかったらどうなっていたことやら。
本当に感謝しております。

高齢出産を終えて、感想と反省と

無事出産できてよかった

子どもが生まれた感想は「無事出産できてよかった」です。
妊娠中は「感動で泣いちゃうかなー」とか想像していたんですが、もう本当に、「無事生まれてきてよかった」っていう安堵でいっぱいでした。

やっぱり高齢出産なんでね。
すんなり安産!ってわけにはいきませんでしたね。

医療が発達していてよかったなーって思います。
一人だったら産めませんでしたもの。

母に感謝した

十月十日という妊娠期間、そして出産を経験して、母に感謝し尊敬の念を抱きました。

夫が陣痛・出産・入院までつきそってくれてよかった

陣痛中のいきみ逃しや様々な要望への対応は本当に助かりました。
出産に立ち会ってくれたこともうれしいです。
入院中も、仕事終わりに毎日来てくれて、赤ちゃんのお世話を率先してやってくれました。
(ちなみに、私が出産後ダウンしていたので、初めての抱っこも初めてのオムツ替えも夫がしました。)

生後2ヶ月経ちましたが、「母乳をあげる」以外の育児は全てこなせるイクメンです。

体重管理を厳しくしておくべきだった

子どもの回旋異常の原因は太りすぎもあったのかなーと思います。
健診で何度か体重注意されていたのですが、体重管理は難しかったです。
甘やかしすぎちゃいました。

体力・筋力をつけておきたかった

登山をするために体力や筋力をつけようと毎日トレーニングしていたのですが、出産には不十分でした。
最後は体力が尽きてしまいましたもの。
妊娠中もできる限り運動していましたけど…
もっと鍛えておけばよかった!

慈愛に満ち溢れた感動的な出産にはならなかったけど

出産は大変でしたが一人で産むわけではありません。
陣痛中は家族が支えてくれたし、助産師さんやお医者さんが無事に産めるよう適切に処置してくれました。
分娩中はたくさんのスタッフに囲まれて、「一つのチームで産むんだ」と心強く感じたのを覚えています。

慈愛に満ち溢れた感動的な出産にはならなかったことについて落ち込みもしましたが、今では「みっともなく泣こうがわめこうが産むことが重要だったのだ」と割り切って考えられるようになりました。

出産は人それぞれ。
思い描いていたような出産はできませんでしたが、無事産めただけで十分。
今ではそう考えています。


以上、出産レポでした。

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